慶長の大パフォーマー

無題

みなさま、ごきげんよろしゅうございます。

今年の冬は雨が多いような気がします。

太平洋側の冬は、抜けるような青空と乾燥した空気が身上。

と思い込んでいたので、なんだか拍子抜け・・・

どんより曇った、ロンドンのような東京の冬空です。

 

 

 

2015年は没後400年の節目。ということで、

戦国のかぶき者・古田織部関連の展覧会が各地で開催されています。

織部といえば、今では緑とベージュのコントラストが印象的な「織部焼」ばかりが有名ですが、

美濃国(現在の滋賀県)出身で父親が茶の湯衆だった織部は、幼いころから茶の湯に親しんでおり、

師・千利休亡き後は、天下一の大宗匠と謳われた稀代の名茶人なのです。

 

千利休の「侘び茶」に対して「武家の茶」を確立した大文化人として、

道具立て、作庭、茶室のしつらえなど、奇抜で自由な独自の美学を確立。

 

師である利休は、自由な茶を推奨した人でしたので、

織部の「へうげもの(ひょうきんもの)」な好みにも寛大でした。

そんな自由な師弟関係を出発点に、織部好みと呼ばれる独特の茶道具は生まれ、

慶長年間カブキ文化を大いに牽引していったのです。

 

波乱の戦国期に、織田信長~豊臣秀吉~秀頼~徳川家康~秀忠と、5人もの主君に仕えた織部は、

時の機運を上手く読む洞察力も持ち合わせていたのかもしれません。

 

没後400年 古田織部展 (松屋銀座HP)

 

わかりやすく、派手な印象の織部は、現代でも大変人気が高く、

1月に開催されていた松屋銀座の「古田織部展」も大変盛況でした。

この展覧会は、織部の茶道具だけではなく、慶長期の鎧や能衣装なども展示されていて、

同時代の流行の最先端を感じることが出来るようになっていました。

織部好みの道具立てで、お茶室も再現してあり、茶会の雰囲気がビジュアルでわかるような展示でした。

 

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織部の焼き物は個性的で好みが分かれるのですが、

ギリシャの黒絵式陶器を思わせる、踊るような線描画の施された楽茶碗などを見ていると、

自由で何物にもとらわれない、織部の美学がしっかり感じられます。

茶道はとにかく敷居が高く思われがちです。

しかし、本来は慶長期の「新しいカルチャー」であったわけですから、

新奇で、人と違うことをやらないと、まったく意味がないわけです。

 

師である千利休が秀吉に切腹を命ぜられた際、

多くの取り巻きが秀吉を恐れて利休に近づかなくなったというのに、

細川忠興と、たった二人だけで最後の見送りに駆け付けた織部。

生き様もまた、男気あふれて破天荒な人だったのです。

 

武士の心意気あふれる織部の茶の世界と、

活気あふれるかぶき者の時代・慶長の文化財を堪能する企画が、今年は各地で開催されます。

 

戦後、新自由主義を謳歌したはずが、なぜか閉塞感にあふれている現代社会。

独自のセンスと逆風にたじろがない覚悟があった、自由人・古田織部の生き方は、

「自由」を標榜するとは何か?

ということを学ぶきっかけになるかもしれません。

 

文責/篠井 棗

 

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