切ったり貼ったり壊したり

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みなさま、ごきげんよろしゅうございます。

寒い・・・ですね・・・

三連休は行楽日和だったのに、連休が開けた途端に関東では冷たい雨

しかし、数日後にはまた、小春日和がやってくるそうです。

めまぐるしい気候の変化が、秋の憂愁とあいまって、人を感傷的にさせるのかもしれません。

 

 

これまでの展覧会 名画を切り、名器を継ぐ (根津美術館HP)

 

11月3日まで東京・南青山の根津美術館で開催されていた「名画を切り・名画を継ぐ」展。

屏風絵や和歌の書かれた料紙、茶碗などを、

文字通り、切ったりくっつけたりして「再生」した美術品を一堂に集めた展示会です。

 

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切られた経緯はさまざまですが、

大きな1枚絵から、所蔵家の都合のいい箇所を切り取って軸装し直して転売したり、

割れてしまった茶碗を金と漆で継ぎ直して名品に仕立ててしまったり。

まったく、人間の業の深さをいやというほど見せつけられる展覧会でした。

 

なかでも美術業界の狂気と思える一品が「信楽壺・破全」のエピソードです。

根津美術館初代館長・根津嘉一郎が、

姿の美しい江戸時代の壺を茶席の花入れとして使用したところ、高橋箒庵(実業家茶人)という茶友に、

「完全ではあるが面白みがない」と、言いがかりじみた評価をされてしまいます。

その言葉を真に受けた根津さん。それじゃーちょっくら欠けさせてみよう!

ということで、使用人に壺を「程よく」割るように指示します。(この時点で相当アホだと思う)

しかし、思い切りよく壊したところ、勢いがつきすぎてバラバラに!

すっかりしょげてしまった根津さん。(たぶん割った人はこっぴどく怒られたでしょうね・・・理不尽)

しかたなく、欠けた壺をまたしても花入れに使用したところ、

なんと、酔狂な茶人たちに褒められてしまい、すっかりご機嫌になったとのことです。

結局自分の美意識よりも、他人の評価が大切ということですか・・・

 

こうした逸話を、日本的美学と思えるかどうかは個人の好みによると思いますが、

壺の制作者に対しては、ものすごく失礼な話です。

 

本来、継ぐという行為は、不慮の事故で欠けてしまった愛着ある品を、

丁寧に補修して大切に使い続ける、という精神のありようこそが美しいのです。

それをわざと打ち欠いたり、くっつけなおして面白がるなんて、本末転倒もいいところ。

こうした酔狂な自称・通人の振る舞いを、有難がって仰々しく展示してしまうのはいかがなものでしょうか?

 

茶道は本来、自然と向き合い、己と向き合う、素直な気持ちを育む芸術であったはず。

それがいつしか、形あるものをわざわざ割るなどという、

金持ちの馬鹿げた遊び場に成り果ててしまったなんて、とても悲しいことです。

 

東京都心の日本美術を扱う美術館の中では、根津美術館はとても人気のある館です。

仏像や絵巻、茶道具など、素晴らしい所蔵品と、贅を尽くした庭園などが揃っていて、

いわゆる「通好み」な美術館であるということは認めます。

しかし、今回の企画の意図はどうしてもいただけません。

もし美しい壺をわざわざ割ってまで、破綻の美を求めることが美意識の高い証であるのならば、

私の美意識は一生並以下でいいや・・・と、虚しい気持ちになったのでした。

 

文責/篠井 棗

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